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名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)1号 判決

原告 加藤千代子

被告 建設大臣

訴訟代理人 中村盛雄 外七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、本件起業者たる建設大臣が土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正前、以下同じ)第一八条第二項第四号にもとづく同法第四条に規定する土地の管理者の意見書として原告の意見書を添附しないで昭和三八年一一月二〇日本件事業認定を申請し、昭和三九年一月二〇日から愛知県海部郡立田村役場において右事業認定申請書の縦覧がなされたうえ、被告が同年六月二日附建設省告示第一三七六号を以つて本件事業認定処分をしたことは当事者間に争いがない。

そこでまず土地収用法にもとずく本件事業の認定が行政事件訴訟法上の取消訴訟の対象となる行政処分であるかどうかおよび原告が本件取消訴訟につき原告適格ないし訴の利益を有するかどうかにつき判断すると

(一)  およそ土地収用法第一六条以下の各規定により建設大臣または都道府県知事のする事業の認定は同法によつてなされる公用徴収手続の基礎となるものであり、当該事業認定申請にかかる事業が私有財産の収用を許すだけの公益上の価値を有するものである旨を認定することをその本質的内容とする行政行為であつて、もとより事業の認定によつて直ちに土地等の収用の範囲を確定するものではなく、起業者以外の第三者の実体法上の権利ないし法律関係に対し確定的な影響を与えるものとはいいえないが、土地収用法にもとづく公用徴収手続は右事業の認定に続き土地細目の公告(前記改正法律により削除)、協議、収用委員会の裁決等を経た後に行われる関係にあり、いわば一連の多数の行為を経て始めてその所期の目的を達しうる性格のものであつて、かような一連の手続を組成する各個の行政行為は当然にその手続の連鎖の中でそれぞれの性質と効力とを考察しなければならず、そうすると右事業の認定は起業者のために土地収用法上のその後の各手続が行われることを条件とする起業地内の土地等に対する公用徴収権を創設、設定することを主たる内容とする行政処分たることをその本質とするものであると解するのが相当である。そして土地収用法第一九条、第二〇条は右事業の認定をなしえるための手続および実体的諸要件を明定し、また同法二六条は事業の認定がなされたときは遅滞なくその旨を起業者に文書通知するとともに、起業者の名称、事業の種類及び起業地を告示しなければならず(第一項)事業の認定は右の告示があつた日からその効力を生ずるものとされ、さらに同法第二五条は事業の認定について利害関係を有する者は意見書を提出することができる旨規定するとともに同法第一三〇条ないし第一三一条の二の各規定は事業の認定について行政不服審査法上の不服申立ができることを前提としている規定であることもまた明白である。

そうすると以上の如き事業認定の本質と土地収用法上の右各規定等に徴すれば、関係諸法規に抵触する違法な事業の認定に対してはそれにつき法律上の利害関係を有すると認められる者から直接右事業認定自体の取消を訴求しうるものとみるべきであり、そうすると本件事業の認定は原則として訴訟事項に制限を設けていない現行法規の下においては行政事件訴訟法上の取消訴訟の対象となる行政処分であると解するのが相当である。

(二)  そこでつぎに本件取消訴訟において原告が原告適格ないし訴の利益を有するかどうかについてみると、原告の本訴請求は要するに、本件土地のうち別紙目録(1) ないし(12)の各土地は輪中堤の一部を構成するものであり、また本件土地のうち別紙目録(13)ないし(16)の各土地は突出状をなす堤防を構成する部分であり、さらに右輪中堤を構成する右各土地には樋管がその隣接地には水門、貯水槽、ポンプアツプ施設、水路等の用排水施設が存在するが、これらはすべて治水ないし利水の目的に供されているもので土地収用法第三条第二号に該当し、しかも右土地およびその地上にある樋管ならびにそれと一体をなす用排水施設はすべて原告らの所有管理に属しているものであるから同法第一八条第二項第四号、第四条の規定によつて本件事業認定申請書には右土地の管理者たる原告の意見書の添附を要するものであるところ、原告が起業者に対し右の意見書を提出する用意がある旨申し入れたのに拘らず、起業者は原告の意見書を求めることなく、またこれを添附することなく本件事業認定を申請し被告も右瑕疵を看過してそのまま本件事業認定処分をしたものであつて違法である、というものであることはその請求自体から明らかである。ところで土地収用法第一八条第二項第四号によると起業地内に同法第四条に規定する土地があるときは事業認定申請書に当該土地の管理者の意見書を添附しなけれはならず、しかも同条第三項によれば右意見書は起業者が意見を求めた日から三週間を経過しても、これを得ることができなかつたときは添附することを要しないがこの場合には右意見書を得ることができなかつた事情を疎明する書面を添附しなければならない旨規定されており、さらに同法第二一条によれば建設大臣又は都道府県知事は事業の認定に関する処分を行おうとする場合において右第一八条第三項の規定により意見書の添附がなかつたときは右土地の管理者の意見を求めなければならないこととされている。そうすると以上の各規定に徴すれば起業地内の土地収用法第四条該当の土地の管理者は意見書を起業者に提出する権利を有するものと解すべく、従つて右土地の管理者の意見書の提出を求めることなくまた事業認定申請書にこれを添附しないでした事業認定申請に対してした事業認定処分は右土地管理者の意見書提出権を侵害したものであるといわなければならない。してみれば原告は本訴請求につき原告適格ないし訴の利益を有するのが相当であり、結局本件訴は適法であるというべきである。

二、そこですすんで本案につき判断する。

(一)  まず土地収用法第一八条第二項第四号において、起業地内に同法第四条に規定する土地があるときは事業認定申請書に当該土地の管理者の意見書を添付すべきことが要求されている趣旨についてみると、土地収用法第四条は同法または他の法律によつて土地等を収用しまたは使用することができる事業の用に供している土地等は特別の必要がなければ収用しまたは使用することができない旨規定しており、これは現に公益事業の用に供されている土地等を別の公益事業の用に供するために収用または使用する必要が生じた場合、すなわちいわゆる収用権の衝突と称せられている場合には、原則として現在の公益事業の用途を尊重し維持するため当該土地を収用の目的物となしえないものとするとともに、現に当該土地が供せられている事業よりも一層重要な公益事業の用に供する特別の必要があるときはそれを収用の目的物たりうるものとしたものであつて、この場合における「特別の必要」とは現に当該土地等を使用している収用または使用の可能な事業の公益性と、右土地を新たに供せんとする収用または使用の認められうる事業の公益性とを比較衡量して後者の公益性が前者のそれよりも一層重要であること、換言すれば後者の事業によつて得られる公益性か前者の事業の公益性を失うことによつて蒙る損失を補つてなお余り有ることを意味するものと解せられ、さらにまたこの場合における右「特別の必要」の有無の点についての判断はもとより抽象的に事業の種類、性質のみによつて決せられうべきではなくして、各個の場合において現に当該土地が供せられている個所、具体的事業の公益性と新たに右土地を供せんとする個別、具体的事業の公益性の事情を綜合勘案したうえ比較して個別的、具体的に判定せられるべき事柄であるというべきであり、たとえ同一の事業であつても各場合によつてある事業との比較においては公益上一層重要であるということができても、さらに他の事業との関係ではその公益性において劣後するということもその性質上当然ありうるところである。而して起業地内に土地収用法第四条に該当する土地等があるときは事業認定庁たる建設大臣または都道府県知事は事業の認定の実体的、積極的要件として同法第二〇条第四号において明定する当該申請にかかる事業が「土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること」に該当するかどうかの判断の一環として前記の意味における同法第四条に規定する「特別の必要」も当然に判断されるべきであるが、同法第二〇条に規定する事業認定の積極的、実体的要件のうち第一号ないし第三号の各要件に該当するかどうかの判断は右各号の要件の性質上覊束された判断であるというべきであるも、同条第四号の公益性に関する判断のみはその本質上事業認定庁の裁量に属するものというべきである。そこで土地収法第一八条第二項第四号は起業地内に同法第四条に規定する土地があるときは事業認定申請書にその土地に関する調書、図画および当該土地の管理者の意見書を添附しなければならない旨規定しているところ、右土地の管理者の意見書の添附を要求している理由は、前述の同法第四条の趣旨に徴すると専ら事業認定庁たる建設大臣または都道府県知事が現に当該土地が供せられている事業の有する公益性と新たに右土地を供しようとする事業の有する公益性との大小、軽重をそのそれぞれの事業につき具体的に比較衡量したうえ当該事業認定申請にかかる事業がその有する公益性の点において同条にいう収用または使用を許すだけの特別の必要があるかどうかを判断するに当つて当該土地の管理者の意見をも参酌し以つて現に当該土地が供されている事実の公益性との対比において事業の認定という行政行為の内容を適正、妥当ならしめるための資料としようとの趣旨に出でたものであつて右土地の所有者の私権の保護等利害関係人の立場を保護するためのものではないものと解するのが相当であり、この理はさらに右「特別の必要性」の判断が前記のとおり同法第二〇条第四号にいう土地を利用しまたは使用する公益上の必要性の判断の一環として申請にかかる事業の公益性の判断をなす権限を有する事業認定庁の権限に属し、収用委員会の権限には属していないものと解せられること、および同法第一八条第二項第四号が当該土地の所有者等と規定しないで単に当該土地の管理者と規定していることに照らしても明らかであるということができ、而してかようにその利害関係人の立場を保護するためではなくして専ら行政行為の内容を適正、妥当ならしめるために意見の聴取を要する旨を定めている規定はこれを右行政行為の効力の有効要件とまで解すべきではないものというべきである。

(二)  ところでさらに同法第一三一条第二項の規定によると、建設大臣は事業の認定または収用委員会の裁決についての異議申立または審査請求があつた場合において、事業の認定または裁決に至るまでの手続その他の行為に関して違法があつても、それが軽微なものであつて事業の認定または裁決に影響を及ぼすおそれがないと認めるときは決定または裁決を以つて当該異議申立または審査請求を棄却することができるものとされているところ、右条項の趣旨とするところは土地収用法がその公用徴収手続その他の行為について詳細な規定を設けているが、他面において往々にして土地収用手続を遂行するうえで右手続規定に違反する場合も生じやすくなることは否み難いところであつて、しかも前記のとおり一連の多数の行政行為を経て始めてその所期の行政目的を達成することができる土地収用手続においてはかような手続の全体過程の中ではその手続違背が結果的にみて実質上軽微なもので全体としての手続をくつがえす必要のない場合もあるところから、かような手続的瑕疵は手続の経済の見地からその違法性の治癒を認めたものであると解せられ、従つてこの理はひとり行政不服審査の場合のみならず行政事件訴訟の場面においてもまた妥当する法原理であると解するのが相当である。

(三)  そこで本件についてみると、本件土地が本件事業認定にかかる起業地に含まれていること、および右土地が木曾川、長良川の二大河川にはさまれた狭窄地帯であつて右土地のうち別紙目録(1) ないし(12)の各土地が輪中堤の一部をなす土地であることならびに昭和三八年九月頃原告が起業者に対し本件土地等が土地収用法第三条第二項に該当するものであるから同法第一八条第二項第四号、第四条の各規定により事業認定申請書に添附するため所有者管理者として意見書を提出する用意がある旨申入れ、つづいて昭和三九年一月二七日同法第二五条にもとづき愛知県知事に対し本件事業認定申請書に原告の右意見書の添附を欠くことを指摘するとともに、要請があれば直ちに右意見書を提出する用意がある旨申し立て、さらに本件事業認定処分がなされたのちの昭和三九年七月二日右事業認定処分に対し異議申立をなしたところ被告が昭和四〇年一〇月一四日右異議申立を棄却する旨の決定をなし右決定書が同年一一月一日原告に送達されたことは当事者間に争いがなく、また少くとも右輪中堤が従来から長良川の治水のため堤防としての効用を有しているものであつて、右(1) ないし(12)の各土地が土地収用法第四条にいわゆる土地等を収用しまたは使用することができる事業の用に供している土地であることは被告において明らかに争わないところである。そうするともし、輪中堤の一部をなす右(1) ないし(12)の各土地が原告らの管理に属するものであるとすれば(その管理権については争を存するが)同法第一八条第二項第四号により本件事業認定申請書には原告らの意見書を添附しなければならない筋合いであり、原告の意見書の添附を欠いている本件事業認定申請に対し被告がなした本件事業認定はこの点においてその手続規定に違背する瑕疵があるものといわなければならないけれども(原告以外に右の管理者が存するとするとその意見書の添附の有無についても同様のことが言える。)土地収用法第一八条第二項第四号が同法第四条に該当する土地の管理者の意見書の添附を要求している前記の趣旨に照らせば、本件事業の認定に右手続規定の違背があつたとしてもそれは軽微な瑕疵であるというべきである。

(三)  そこでつぎに原告の右意見書の添附がなかつたことが本件事業の認定に影響をおよぼすものであるかどうかについてみると、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を綜合すると(1) 原告が本件土地収用手続において不服とするところの実質はもつぱら本件土地のうち別紙目録(1) ないし(12)の各土地は輪中堤の一部をなすもので敷地たる土地とは別個に工作物として正当に補償の対象とされるべきでありかつ右輪中堤は原告の祖先が築堤し代々原告側において私財を投じて維持管理してきたもので原告としては深い愛着をもつものであるから右輸中堤の再建費相当額いわゆる好感的価値をも加味して補償額が定められるべきであり、また本件土地のうち別紙目録(13)ないし(16)の各土地は輪中堤に接続する突出部分として十分に堤防としての効用を有し右輪中堤と同様のものであるから、これもまた輪中堤と同様の補償をなすべきであると原告が主張するのに対し起業者は右原告の意向と異り堤防は土地の構成部分であるから輸中堤も土地として補償の対象とすれば十分であり、また右突出部分を構成する右(13)ないし(16)の各土地は堤防としての効用を有するものではないから、これも同様に土地として補償すれば足りるとして本件土地の補償の方法および額につき原告の主張が容れられなかつたことにあり、本件土地を繞る右補償問題については本件事業認定申請がなされる以前において原告と起業者間との種々の交渉、意見調整が重ねられたが、結局のところ右両者間で意見の一致をみることはできず、いわゆる任意買収というかたちで右問題の解決がなされるまでに至らなかつたため、右補償の方法およびその額については土地収用法に規定する手続に則りあつ旋あるいは収用委員会の公正、妥当なる審議裁決によつて解決することに原告と起業者側双方の意見の一致をみて本件事業認定申請がなされ、被告がそれにもとづき本件事業の認定をしたこと、そして本件土地を除くその余の本件起業地内にある原告ら所有の土地については原告も起業者側のいわゆる任意買収に応じ、また本件事業の認定後ではあるが右補償問題については迅速に収用委員会の裁決により解決するよう努力する旨の確約のもとに原告は起業者側に対し収用委員会の裁決する収用または使用の時期以前においても本件土地のうち本件事業の内容たる新堤敷となる個所においては事業の用に供することを承諾しているなど、原告自身としても本件事業の内容である長良川左岸引堤計画それ自体には反対ではなく寧ろこれを希望していたこと、(2) 他方本件事業は建設大臣を起業者とする木曾川下流改修計画の一環として木曾川、長良川の両河川にはさまれた本件土地を含む狭窄地の治水を目的とするものであつて、本件土地附近の住民も本件引堤計画を従来から要望しており、原告以外の起業地内の土地所有者らは本件事業認定申請に至る前に任意買収に応じまたは応じることが確実であつたことがいずれも認められる。そして以上の各事実に右各証言、各検証の結果、鑑定の結果その他乙号各証を綜合すれば今次事業の公益性は従前事業の公益性に比して著しく勝るものがあることが明らかであつて原告の前記意見書の添附がなかつたことが本件事業の認定に影響をおよぼすものとは到底考えることができない。

(四)  そして以上の理は前述してきたところから自から明らかな如く本件土地のうち別紙目録(13)ないし(16)の各土地が構成する突出部分が堤防としての効用を有し、また本件土地のうち輪中堤を構成する部分の地上にある樋管およびその隣接地に存する用排水施設がともに原告の管理に属するものであるとしても同様であるということができる。

(五)  してみればかりに本件事業認定申請書には土地収用法第一八条第二項第四号により原告の意見書の添附を要するものであり、右意見書の添附がないまま本件事業認定処分がなされた瑕疵があつたとしてもそれは本件事業認定処分を取消さなければならないほどの違法とまでいうことはできず、また他に本件事業認定処分を取消すべき違法は見出し難いから、原告の本訴請求は前記原告の管理権ないしその余の争点につき判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、民事訴訟法第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢三朗 日高乙彦 太田雅利)

別紙目録、別表〈省略〉

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